児童虐待 考察「どうしたらとめられるだろうか?」
2010年7月15日 Vorbereitungszeit児童虐待とは簡潔に述べて、養育者がこどもに対してこどもの発達の障害となる事象を指す。
身体的虐待
性的虐待
精神的虐待
育児放棄
これらの事象は何故起きるのだろうか?
社会的・心理的の大きく二つの点から書き連ねてみよう。
社会的に親・養育者はこどもを養育するのに、お金が必要である。
仕事をしてお金を稼ぎそれを自身の生活、家族、そしてこどもに充てられる。
仕事をしている養育者は仕事上でのストレスで家では無気力になる、なりたいと思っている。何も行動を起こしたくない。
社会的に養育者自身が社会と断絶されて無呼吸状態になる。
誰に相談をしたら良いのか、誰にという存在も存在しない孤立した環境。
心理的に養育者の心理的形成が不十分。
養育者自身が自身の心理的発達、充足感を”自分自身に求める”
こども自身、器質的な特長により育てにくい。
こども自身、先天的な障がいにより育てにくい。
児童虐待という問題は社会と個人の心理が絡み合って形作られている。
だから、どの切り口で物事を語る事も出来るも、全てを語ることは出来ない。
「ひとつの物事や事象が発生した時にそれは複数の理由と複数の感情が1つの動機として空間に働きかける」
空間とは働きかける事の出来る全ての対象。社会であり人であり。
社会とは人が作り上げたルールだから、結局のところ人に働きかけていると考えても問題は無いと考える。
にしても、眠いッ!
この問題を解決するには果てしない努力が必要だ。
心理的に崩壊している日本の家族を再構築してくには政治と同じく半世紀は掛かる。
さて、どうしたらとめられるだろうか?
ポイントは二つだと考える。
児童虐待を発生させない社会的な仕組み
養育者個人と養育者を取り巻く家族全体の心理的成長
夜も遅いから寝よう。
コメント