「意志すれば人生が変る」
今日は久しぶりに学校を休んだ。
朝起きれなくてそのまま不貞寝をしたら、次の授業開始時刻が迫りそのまま一日を過ごした。たまにはいいかと思いながらも早々に火曜日の一限にある授業の欠席数が3つになってしまって気持ちが辛くなるが仕方がない。
毎日睡眠時間が4時間半は辛くて仕方が無い。それもホルモンの分泌が活発ではない時間帯の4時間半だから身体の再生が追いつかなくて、気持ちも落ち着かない。自転車に乗って学校への通学中は身体を鍛えているのにホルモンの分泌が無くて身体の再生、もとい筋肉が綱伊野と疲れが取れないのは辛すぎる。
学校の授業は面白くてなるべく教科書にマーカーを入れて予習をしている。予習をして学校の授業で復習をする感じなのだが、その後は勉強をしていない。これはこれは不味いのではないかと気付いたのではあるがどうも、次から次へと新しい情報を頭に入れたくなる。
思考をするのに新しい情報を次々と頭に入れるのは必要であるし楽しい。専門分野を自分の中で設定しているのならその専門分野を勉強すればよいのに自分はすべからず情報を入れて知識と昇華させたい完璧主義だから困ったもんだ。とはいっても、自分が完璧を目指しても完璧にならないと知っているから完璧を目指している究極主義者なのだが、もっと良い方法論は無いだろうか。否、既にこの問いに自分は答えているのだろう。
自らが誰かに答えを問うときに既に人は自分の問うた答えを持っている。
その答えが世界に対して認められるものであるのか、承認を誰かに得たいだけなのである。ならば、その、it、das 答えとは?
自分は何故ドイツ語を学ぶのか。
それは英語が出来ないから、ドイツ語を選んだ。ドイツは哲学 心理学 医学が進んでいる国であるし、心理学発祥の地で本場の心理学を学びたいと考えたからである。英語が出来ないからドイツ語を選んだのは安易ではあるが、ドイツ語に賭けてる。
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