人を理解する事。これは難しい事である。

自分と生まれや育ちが違う上に立場や境遇さえも異なる存在を理解し酔うとする試みはもしかしたら場違いな事であるかもしれない。けれど、試みようとする意志は確かに誰にでも存在し息づいていて、その意志が求める原理によって現在の社会が構築されているのだと直感した。

人が物事を知るには直感が無くてはならず、また直感によって人を理解する事が可能である。しかし、直感のみで人を理解する事はなかなか難しい事であり、直感を用いる人というのは己が獲得した経験が存在している前提で直感を扱っているのである。

人にとって理解される事とは自分の存在を確かにしてくれるという普遍的な論理と感情を呼び起こされる行為である。人が人として生きていく為には己の存在感、存在証明をするために自分以外の他人を選択し、また選択した他人によって存在を決定される事が必要なのだと主張をする。
…しかし、その確固たる選択を行う前に自分が自身を理解する事が可能でなければならないとも強く訴える。

でなければ、自らの存在証明を自ら感じられず、他人の意志の力によって存在が歪められこの世から存在していないと決定付けられても無理は無いからであると共に自らが幸せを、或いは他人からの愛情を受け入れる事の無いまま死するのはまったく持って承認をしない。




「自分が理解されたくば自分が自分を理解し、他人を理解せよ」

「愛されたければ、まず人を愛してみせよ」



戦場で傷ついた時に、傷の手当てばかりしていると敵に発見されて撃たれてしまう。動けるなら動いて戦場から抜け出せたら、自分の傷を癒せばいい。


コメント

みかん
みかん
2011年5月9日18:25

一時期、本棚の1列に、加藤諦三さんの本だけが並んでいた時期がありました。そんなに読んでも、まだ人生迷っているって、私は相当な馬鹿ですよね(笑)

そうですか、自己愛育成のプロセスはコツをつかめば、そう難しくないのですね。この10数年間、アダルトチャイルドや、ユング心理学や、夢診断や、認知療法や、境界性人格障害や、あらゆる本を読んだのに、どれも決定打がなく、成長しません。ただ、人生の転換期を迎えているので、これを機に、もうちょっとワンステップ前へ進めれば・・・と企んでいます。

saphir
2011年5月10日7:19

みかんさん/Mandarinenorange

そうなんですかぁ。沢山の本を読まれているんですね。きっと職業柄という事もあるでしょうが決定打が無かったというのは少し疑問が残ります。もちろん、文字が浮かんでこなかったというのは真実かあるいは事実ですしね。

また境界性人格障害の本を読まれるという事はご自身を相当疑った姿勢と考えが無ければ思いつきませんし、ACと認知療法ユングと来ればなかなか自分の行動と過去や無意識を疑ったに違いないと想像します。

自分を成長させるのは自分ですが、成長を促してくれるのは周囲の人達ですから甘えていいと思いますよ。甘える事が出来ないとすればどこか自分が緊張をしているんだと考えます。それで、少し羨ましいのがみかんさんの周囲の人達はみかんさんの言葉に興味を持って接してくれる事です。

これはこれは、少なくとも僕より簡単に自分を前向きにEntwicklung/Develomentさせる事が出来ると羨ましく思います(笑)



来年、ドイツ行きたいなーw オフシーズン一人旅?w