中間試験提出課題
2012年5月20日 Arbeit&Deutsch&English代理出産に関する(命を構築する)問題は代理母の妊娠期間中と出産時のリスクと法的な問題と倫理的な問題にベビービジネスによる代理母と産み出されるこどもの人権的な問題がある。代理母とは依頼者である夫婦の精子と卵子を体外受精させて受精卵として凍結した後、自然排卵時期を見て、凍結受精卵を解凍して代理母の子宮に注入して夫婦のこどもが産むことが出来ない女性(妻)に代わって夫婦(基本的に他人)のこどもを出産する女性の事である。
まず、代理母自体の問題として妊娠期間中の母子の健康上の問題が挙げられる。人間の女性が性交をしてから妊娠出産まで39週約9ヶ月の期間があり、この期間中に女性の身体は大きく変化をきたしホルモンバランスの変化によって一時感情や体調が大きく減退する。これは自然妊娠が出来る女性でも代理母でも変わらない。加えて出産時の代理母と生み出されるこどもの後遺症や最悪の事態、代理母とこどもの死亡リスクが付きまとう。
次に、代理母は多額の出産に関連する費用を出産を依頼する夫婦の間で契約が結ばれる。費用は生殖医療費用から代理母の生活費に出産費用と代理母に対する謝礼が含まれている。この問題点として代理母と夫婦の間で交わされる契約が両者の妥当性に適うのかということと、代理母が借金を抱えていて借金を返済する目的によって契約を結ぶ職業的視点の介在とそれによって代理母が生み出すこどもを金銭を得る目的に見なす人権の無視。これは人間の受精卵である胚が細胞分裂をして人の形となり命を形作られる、アリストテレスの概念である可能態(dynamis)と現実態(energeia)から述べることができ、胚はまだ人の形をしていないが、今後人の形になり知性を有する事になる為、人権が在るという主張が可能である。この人権問題を代理母に対しても向ける事が出来る。こどもを出産して欲しいと依頼する夫婦が代理母をこどもを手に入れる目的にする人権問題である。
次にベビービジネスの問題がある。これはインターネット上で精子や卵子が日用品と同じように売られていて、不妊夫婦ばかりではなくレズビアンやゲイのカップル、そして結婚を望まない独身男性や独身女性が代理母に以来をして簡単にこどもを買うことができる問題である。
これらを踏まえて代理母問題について肯定的か否定的と論じるならば、私は否定的である。何故ならば代理母に関する多額の金銭と倫理的人権的問題の労力は計り知れず、多額の費用を投じて代理母と産み出されるこどもが死亡した場合、誰も責任が取れないからである。人間は多種多様な生活様式と能力を有しており、例え自分の遺伝子を持つこどもを持つことが出来なくても養子縁組をして、自分が生きてきて考え抜いた思想を養子に与える事が出来る。これは自分の遺伝子を持つこどもが持てたとしても自分の思想を与えようとする姿勢は変わらないため、人間は理性と情緒を次世代のこども達に思想という命を与える事が出来ると主張するからである。しかし、現実には何としても自分達夫婦の二人の遺伝子を持たせたこどもが産まれることをやまない人達が大勢居る。自分にはこどもを宿す事が出来ない女性と女性を孕ませる事が出来ない男性の双方の破滅的なアイデンティティの喪失によって自分の能力を認めることが出来ない人達を救う解決策が代理母や人工授精の生殖技術である。
しかし、夫婦を救う技術が多くの倫理的人権的問題を孕んでいる。代理母の人権と夫婦が求めてやまない自分たちの遺伝子を持つこどもさえも、あたかも物のように扱っている側面を持ち、加えて、この夫婦を救う生殖技術が今後20年30年掛けて、生殖技術によって生まれてきたこども達が、両親と同じように生殖能力に問題が発覚して、新たな苦しみと悲しみが生まれることは必須であり、人間が自然に有している生殖能力を人間が他人を救う技術であったのに自ら生殖能力を奪う技術になっている。この生殖技術は夫婦のみならず、社会や人類全体に大きな責任と滅びを伴っている。私は人間がこどもを作り出すことは命を次の世代に伝える事と自分の思想を残す事だと考える。寧ろ、自分の思想を残しやすい自分の遺伝子を持つこどもに伝えたいからこそ是が非でもこどもをつくろうとする。自分の思想を次世代に伝えるという前提ならば、自分の遺伝子を持つこどもでなくても自分の思想を伝える事が出来る。自身の生殖能力を認めて養子縁組をして、養子に自分の思想を伝えることが出来ると主張をする。
よって、私は生殖技術に否定的である。養子縁組をして養子をもうけることで自分の思想を伝える事が出来るうえに、子育ては幼児期だけではなくて児童期青年期とあり、可愛いだけでは行かないからである。ただ、夫婦や家族が断腸のおもいで社会や人類に対して生殖技術を使い現状の深い深淵から回復が出来るのならばこれは、援助専門家になる夢を持つものとして「君の意志の格律がいつでも同時に普遍立法の原理に妥当しうるように行為せよ」のイマヌエル・カントの定言命法に従うのが人間の情緒である。
まず、代理母自体の問題として妊娠期間中の母子の健康上の問題が挙げられる。人間の女性が性交をしてから妊娠出産まで39週約9ヶ月の期間があり、この期間中に女性の身体は大きく変化をきたしホルモンバランスの変化によって一時感情や体調が大きく減退する。これは自然妊娠が出来る女性でも代理母でも変わらない。加えて出産時の代理母と生み出されるこどもの後遺症や最悪の事態、代理母とこどもの死亡リスクが付きまとう。
次に、代理母は多額の出産に関連する費用を出産を依頼する夫婦の間で契約が結ばれる。費用は生殖医療費用から代理母の生活費に出産費用と代理母に対する謝礼が含まれている。この問題点として代理母と夫婦の間で交わされる契約が両者の妥当性に適うのかということと、代理母が借金を抱えていて借金を返済する目的によって契約を結ぶ職業的視点の介在とそれによって代理母が生み出すこどもを金銭を得る目的に見なす人権の無視。これは人間の受精卵である胚が細胞分裂をして人の形となり命を形作られる、アリストテレスの概念である可能態(dynamis)と現実態(energeia)から述べることができ、胚はまだ人の形をしていないが、今後人の形になり知性を有する事になる為、人権が在るという主張が可能である。この人権問題を代理母に対しても向ける事が出来る。こどもを出産して欲しいと依頼する夫婦が代理母をこどもを手に入れる目的にする人権問題である。
次にベビービジネスの問題がある。これはインターネット上で精子や卵子が日用品と同じように売られていて、不妊夫婦ばかりではなくレズビアンやゲイのカップル、そして結婚を望まない独身男性や独身女性が代理母に以来をして簡単にこどもを買うことができる問題である。
これらを踏まえて代理母問題について肯定的か否定的と論じるならば、私は否定的である。何故ならば代理母に関する多額の金銭と倫理的人権的問題の労力は計り知れず、多額の費用を投じて代理母と産み出されるこどもが死亡した場合、誰も責任が取れないからである。人間は多種多様な生活様式と能力を有しており、例え自分の遺伝子を持つこどもを持つことが出来なくても養子縁組をして、自分が生きてきて考え抜いた思想を養子に与える事が出来る。これは自分の遺伝子を持つこどもが持てたとしても自分の思想を与えようとする姿勢は変わらないため、人間は理性と情緒を次世代のこども達に思想という命を与える事が出来ると主張するからである。しかし、現実には何としても自分達夫婦の二人の遺伝子を持たせたこどもが産まれることをやまない人達が大勢居る。自分にはこどもを宿す事が出来ない女性と女性を孕ませる事が出来ない男性の双方の破滅的なアイデンティティの喪失によって自分の能力を認めることが出来ない人達を救う解決策が代理母や人工授精の生殖技術である。
しかし、夫婦を救う技術が多くの倫理的人権的問題を孕んでいる。代理母の人権と夫婦が求めてやまない自分たちの遺伝子を持つこどもさえも、あたかも物のように扱っている側面を持ち、加えて、この夫婦を救う生殖技術が今後20年30年掛けて、生殖技術によって生まれてきたこども達が、両親と同じように生殖能力に問題が発覚して、新たな苦しみと悲しみが生まれることは必須であり、人間が自然に有している生殖能力を人間が他人を救う技術であったのに自ら生殖能力を奪う技術になっている。この生殖技術は夫婦のみならず、社会や人類全体に大きな責任と滅びを伴っている。私は人間がこどもを作り出すことは命を次の世代に伝える事と自分の思想を残す事だと考える。寧ろ、自分の思想を残しやすい自分の遺伝子を持つこどもに伝えたいからこそ是が非でもこどもをつくろうとする。自分の思想を次世代に伝えるという前提ならば、自分の遺伝子を持つこどもでなくても自分の思想を伝える事が出来る。自身の生殖能力を認めて養子縁組をして、養子に自分の思想を伝えることが出来ると主張をする。
よって、私は生殖技術に否定的である。養子縁組をして養子をもうけることで自分の思想を伝える事が出来るうえに、子育ては幼児期だけではなくて児童期青年期とあり、可愛いだけでは行かないからである。ただ、夫婦や家族が断腸のおもいで社会や人類に対して生殖技術を使い現状の深い深淵から回復が出来るのならばこれは、援助専門家になる夢を持つものとして「君の意志の格律がいつでも同時に普遍立法の原理に妥当しうるように行為せよ」のイマヌエル・カントの定言命法に従うのが人間の情緒である。
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