日本大学院大学 大野精一

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先生は多くの言葉は語らなかった。生徒の心配をして自分の心配をしていない人だったのように僕の目には映った。卒業式当日に先生は病に倒れて「死に損なった」と言っていた。実母が骨折に次ぐ骨折になり、そして痴呆を発症して亡くなった。先生は辛かったと思う。けど、抗えない。抗えない事実が世界に横たわっている。心理を学んでいる人は目の前の辛さに自分を殺せない。殺して欲しいと世界に願う。だからか、先生はあんなふうに2年ぶりにあった生徒の前で、ああゆうふうにいったんだろう。「 Druch Leiden Freide /苦しみを通しての喜び 」という言葉を僕にくれた人だ。苦しさを問いて来た人だと思う。

先生は自分のことを本当に語らなかった人。少なくても僕はそう思っている。けど血の気が多い連中は「神様仏様大野様」と卒業式の答辞?として語っていたから、彼らには語っていたのかもしれない。だがあの答辞は最高だった。



先生はこんなに野心家で自分が自分であることに対しての旅をしてきた人とは知らなかった。震災にまつわる前後の文に僕は奥歯を噛み締めてモニターを睨みつけるばかりだ。

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