自分が大学に入ったのも、大きな夢を語るのも好きでやっている訳ではない。
自己不全感があって衝動的にこころや存在が駆られて、求めることなくして自分を保てないからなくてはならないから、知を求めに行っているだけだ。

ほどよく自己万能感を携えてくれれば、安定への意志と自己不全感からくる衝動との葛藤に悩まされることも、多大な犠牲と思えてしまう真実を作り出してしまうこともなかったろう。
知を愛することから、学問を始めることができたらどんなに素晴らしい人生であったことだろう。子どもの頃に感じた知識や情報が拡大していく喜びと繋がっていく単純な楽しさ。

18の時に200万の大金を親に使われたことは、知を求めて葛藤する自分を作り出す事件として充分な衝撃であったのは間違いない。ああなるほど、学者に必要な自己不全感を私はちゃんと携えている。


この仄暗さ、わかるまい。

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