からだは20代後半で精神的年齢は14歳

自分の誕生日には17歳になっていよう。
パソコンデスクに向かえる時間を増やそう。多動とわかっているなら対処の仕方があるはずだし、思考を挟んで行動を転換出来るから頑張ってみよう。毎回こうしたことを書いて意味があるのかと問われれば、結果は微々たるものだけれど、やったほうが効果がある。

以前、私はかの社会心理学の大御所の講義受けたことがある。
そのときの講義の体験から、人は体験する前と後では心持ちや態度が変わっていることがわかった。SST(ソーシャルスキルトレーニング)を受ける前と後で同じテストを実施したら、微妙に変化したんだよね。この体験は大事にしている。人は変化し続ける存在であるということに。万物は無常(常に変化し続けること)だよなぁと。

それからできたら毎日ブログを更新しようと思う。
何年も前だったら毎日更新していて、どうして他の人は毎日更新できないのだろうと思ったものだけれど、いまはわかる。生活が忙しくてブログを書くことの優先順位が低くなることに。
ここ2年ほどブログを飛び飛びに書いてきたのは親友の影響がある。彼女は自身でブログを書かないようで、書く人はどんな人たちなのかということを知りたがっていた。それなら私は書けばいいじゃないかと提案すると書くつもりはないと、自分のことを書いたら今後、どんな人の目に晒されるかわからないからやらないと答えていた。

彼女からずいぶんと手書きの日記帳などに書いたらいいじゃないかと言われた。

私は、彼女は体験して人の気持ちを知ることを大切にしているかと思っていた。けれど彼女は想像するだけで十分という。このあたり私は常に矛盾していると思っている。なぜなら、彼女はきっとあったであろう黒い過去を話さないからだ。加えて、このようなことをかいているのかといえば、彼女の言動からみえる皮肉に皮肉で反応している。

皮肉な面が、これからであうであろう子ども達に態度として現れるんじゃないか。私は危惧を持っています。

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